永野:デザインを色部さんにお願いしようと提案してくださったのは、総研さんでしたね。
伊藤:Ginza Sony Parkとしての表現を理解し、ぶれることなくかたちにしてくださるのは、色部さんしかいないだろうと思いました。何より、Ginza Sony Park<バージョンフラット>の最後のプログラム、そして現在のGinza Sony Parkのオープニングプログラムである『Sony Park展』のグラフィックデザインを担当いただいていましたからね。
永野:こうして色部さんチームのスタディを並べて比べてみると、デザインは最初のご提案からほとんど変わっていない。
伊藤:色部さんは最初の打ち合わせから、完成形を思い描いていたような気がします。概要を伝えたら「わかりました」と、質問がほとんどなかったんですよ。
色部:お話をいただいたときから本のタイトルは『Document of Ginza Sony Park Project』でほぼ決まっていたわけですが、いわゆる建築の作品集ではないし、社史でもなく企業のブランドブックでもない。「プロジェクトを記録した本である」という方針がデザインの手がかりになったことは確かです。
伊藤:Ginza Sony Parkは、1966年のソニービル時代から続く一つの物語であるという意識がありました。なので、タイトルに掲げるのは「Ginza Sony Park」ではなく「Ginza Sony Park Project」がふさわしいなと。
永野:おふたりの話を聞いていても、書籍の制作過程とGinza Sony Park Projectのプロセスは相似形だと感じます。Ginza Sony Parkの中心にあるのは、"ユニークである"というソニーのアイデンティティ。それをプロジェクトの設計チームが建築に落とし込み、アクティビティチームが体験へと展開してくれた。
『Document of Ginza Sony Park Project』の場合でも、中心にソニーのアイデンティティがあり、総研さんや色部さんが本というかたちに落とし込んでくれた。おふたりは並走してきた時間のなかで積み重ねた、"ソニーとは何か"、"Ginza Sony Parkとは何か"という暗黙知があったからこそ、思想とインテグレートできたのだと思います。
伊藤:この装丁をGinza Sony Parkチームが選んだとき、編集側は「このデザインに応えるためにはまだ足りない」とさらにギアが入った感覚があります。デザインが編集を追い越した、いい瞬間です。
永野:僕はこの装丁の提案を見たとき、この本の着地点がはっきりと見えたんですよね。建築物のように自立する本というコンセプトからしてど真ん中でした。
色部:このプロジェクトは積み重ねてきた時間や、関わってきた人、企画されたアクティビティの数は膨大です。その全貌を一冊に綴じるのであれば、これくらいの分厚さにはなるだろうと直感しました。それに建物のブルータルな佇まいからして、薄くシャープで端正な本ではないほうが、Ginza Sony Parkらしいなと。
伊藤:"らしさ"は書体の選択にも表れていますよね。全章にかかる本文はゴシック、そこからある場面を切り取ったコラムは明朝体。この組み合わせはどう見つけていったのですか?
色部:Ginza Sony Park Project全体を通して、コンテンツのアクティブな印象や建築のボールドな印象が強く残っていて、そのイメージから、本文に黒みが強めなゴシック体のボールド書体を採用しました。並行してGinza Sony Parkがこれまで使用してきた書体もリサーチし、いくつもの組み合わせを試したうえで提案しました。
実はレイアウトも結構、検証しているんですよ。文章と画像が同程度の分量で、ビジュアルブックとしても、読み物としても成立させるためにはどのようなフォーマットにすればいいか。章によって文章の量も、ビジュアルの種類も異なり、昔の写真もあれば、撮り下ろした写真、図面やデータもある。そうした異なる要素を一冊の本としてどう横串を通していくかは難易度が高く、永野さんとの対話の中で最適解を探っていきました。
永野:途中、本文のボールドが少し重いかなと感じ、色部さんに伝えたことがありました。すぐに「印刷すると落ち着くので大丈夫ですよ」と教えてくださいましたよね。
色部:そうでしたね。今回は印刷適性を高めるための薬剤を塗布していない紙を選んでいて、紙がインクを吸うので、仕上がりは少し色が沈みます。もちろん、画像の再現性を優先した写真集で使われる、色が沈まないように薬剤を塗った塗工紙を使う選択肢もありましたが、雑多な情報を粗野に編み込んでいくこの本は、再現性を優先した紙ではないなと。インクの沈み具合による見え方は、経験値をもとに判断していました。
永野:あのときも、プロジェクトの設計プロセスと似ているなと感じたんです。Ginza Sony Parkのコンクリート部分は「普通型枠」という完全にコントロールすることができない不確実な手法を採用しています。でも、設計メンバーの荒木信雄さんは、粗野な風合いを残しながらも仕上げるための絶妙な加減を知っていた。経験があったからですね。実際、この本と同じように素晴らしい仕上がりになった。あらためて、対話を重ねてきた信頼できる仲間に委ねるべき領域はありますよね。
伊藤:いまあらためて書籍を読むと、この12年間が"あの暑い夏の日"のように感じるんです。途中、プロジェクトはコロナ禍の影響を受けていて、時代の空気を含めて一つの物語として読める本です。
色部:僕は並走期間があったものの、総研さんに比べると短い期間なので、デザインしながらこの本がどこを目指すべきなのかを探っていた部分もありました。その答えは、永野さんとの対話を重ねるなかで見つけていきました。この本でも、Ginza Sony Park Projectは、盛田さんや芦原さんとの応答からはじまり、建物自体も街や人との応答によって生まれたことがわかる。そう考えると、『Document of Ginza Sony Park Project』は、"応答集"のように思えてきました。
永野:1966年当時、ソニービルは「ショールームビル」として認識されていました。でも僕らは、盛田さんや芦原さんが残した記録を読み解くことで、「街に開かれた施設」という価値を掘り起こした。そして、Ginza Sony Parkへ継承する選択をした。この本は、その次の世代へ受け渡すものです。僕ら自身が盛田さんと芦原さんの意図と思いに向き合い、何を残し、何を伝えるのかを慎重に選びながら、責任を持って記録した、ある種、壮大な引き継ぎ書なのかもしれません。
伊藤:これからGinza Sony Parkに関わる人にとっては、プレッシャーになる本かもしれませんね。「次のページを刻むのは自分だ」と。
永野:公園は、多様な人や時代を受け入れながら変わり続ける場所です。僕たちのチームが立ち戻りそして支えられたように、また次の時代にこの場所と向き合う人たちにも拠り所のようなものを残したかった。"ユニークである"というソニーのアイデンティティが、この場所に宿り続けてほしいという願いも込めて。